大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和31年(う)147号 判決 1956年4月20日

控訴人 原審検察官

被告人 近藤光喜 外三名

検察官 鈴木春季

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各罰金三千円に処する。

被告人等において右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間、各被告人を労役場に留置する。

被告人等に対し選挙権被選挙権を有しない期間を二年間に短縮する。

理由

本件控訴趣意は、記録中の原審検察官検事折田信長名義控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意(法律解釈竝びに法令適用の誤り)について。

原判決が、本件公訴事実すなわち「被告人等は、昭和三〇年二月一日頃より同年五月頃まで戸畑市選挙管理委員会の臨時雇をしていたものであるが、同年四月三〇日施行の戸畑市議会議員選挙に立候補した戸畑市旭町一丁目大元市太郎の次男博文が市太郎に当選を得させる目的で投票所入場券百枚位を不正に入手したい意向であることを聞知するや共謀の上、右選挙管理委員会において発行した投票所入場券のうち選挙人に配布できなかつたものを売りつけようと企て、同年四月二五日頃及び翌四月二六日頃の二回に亘り右大元方に於て、博文に対し選挙人那須久夫外一七名の該選挙の投票所入場券を示し、かような投票所入場券約百枚を入手して交付するから、その対価として金十万円を供与せられ度い旨要求した」旨の公職選挙法第二二一条第一項第四号第一号の訴因に対し、右規定における選挙運動の意義は、特定の議員選挙につき特定人の当選(相対的多数投票の獲得)に有利ならしめることを直接の目的として、多数選挙人に働きかける行動をいうものと解すべきであり、被告人等の本件行為自体は候補者の当選に有利ならしめることを直接の目的とする行為ということはできず、又多数選挙人に対する働きかけであるということもできないとの理由のもとに、被告人等に対し無罪の言渡をしたものであることは、所論のとおりである。

そこで同法第二二一条各号以下の罰則を以て取締りの対象としている選挙運動の意義について考えてみるのに、法の趣意とするところは、金銭その他の不正の利益をもつて選挙の結果を左右せんとする総ての企を禁遏し、選挙の自由公正を確保しようとする点にあることからみて、当選に有利ならしめるが為にする一切の行為を意味し、従つて他人の当選を妨害する行為、選挙情勢を偵察する行為、演説会場の野次を禁止する行為等間接に候補者の当選に資する結果を招来する行為も包含し、必ずしも多数選挙人に働きかける行為であることを要しないのは勿論、直接当選に有利な結果をもたらす行為に限定する必要もない。

そして通常選挙運動は、選挙人の有効投票の比較多数獲得を目標として展開されるけれども、必らずしも適法な投票の獲得を対象とするものに限定されず、特定候補者をして一応有効な投票を獲得せしめようとする行為も亦選挙運動にあたるものといわねばならない。

本件被告人等の行為は、昭和三〇年四月三〇日施行の戸畑市議会議員選挙に立候補した大元市太郎候補の選挙運動者である同人の次男博文に対し、同月二五日及び二六日頃不在者の投票所入場券を示し、斯様な入場券の入手を斡旋するから、その対価として金一〇万円の供与方を要求したというのであつて、右候補者の選挙運動者が替玉投票もしくはその他の方法によつて該候補者の多数投票獲得に資せんと欲すれば、これを斡旋しようと申出でたものであるから、右候補者のため選挙運動の申出をし、これが対価として金員の要求をしたものとみるべきである。尤も、選挙人の投票を通じて、特定候補者の当選に資する結果が期待せられる性質を有する行動でなければ、選挙運動とはいえないとの理由で、投票すり替えは選挙運動にあたらないとし、無罪とした判例(福岡高等裁判所昭和二七年二月二八日判決高等裁判所判例集第五巻第二号二八九頁以下参照)もあるが、投票所入場券を特定候補者の当選をはかるため斡旋する行為は、該入場券入手者において、右不在者の所在を捜査してその投票権を行使せしめ、又は代理投票をなさしめることとするなど適法な方法により自派の投票獲得数の増加を図ることも可能であるのみならず、違法な替玉投票等をなさしめる等の方法により比較的多数獲得に資する場合も予想せられるから、右入場券の斡旋が選挙人の投票と何ら関連のないものとすることはできず、右判例と抵触しないものというべきである。

そうだとすれば、原判決は公職選挙法第二二一条にいう選挙運動の意義を不当に狭く解釈して同条の適用を誤つたものといわねばならないこと、まことに検察官指摘のとおりであつて、右法令適用の誤りは主文に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は刑事訴訟法第三九七条第三八〇条により破棄を免れない。論旨は理由がある。

そして当裁判所は、直ちに判決することができるものと認めるので、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。

当裁判所の認定した事実は、本件起訴状記載の公訴事実と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)

一、被告人等の検察官に対する各供述記載竝びに原審第四回公判における供述記載

一、原審証人大元博文の原審第三回公判調書中の供述記載

一、押収してある投票所入場券一八枚

(法令の適用)

公職選挙法第二二一条第一項第四号第一号、罰金等臨時措置法第二条(罰金刑選択)、刑法六〇条、第一八条、公職選挙法第二五二条第三項、

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 鈴木進 裁判官 厚地政信)

検察官の控訴趣意

原判決は法律の解釈を誤まつた結果法令の適用を誤まり且つその誤まりが判決に影響を及ぼすことが明白である。

原判決は選挙運動の意義を「特定の議員選挙につき特定人の当選(相対的多数投票の獲得)に有利ならしめることを直接の目的として多数選挙人に働きかける行動」なりと解し「本件公訴事実について考察するに被告人等の為さんとした所は選挙人に配布できなかつた投票所入場券を市会議員候補者大元市太郎の当選を得させる目的でなされる情を知り乍ら同候補者の次男大元博文に手交するという丈のことである。かかる行為は爾後大元博文に於て入手せる投票所入場券を利用して選挙人でない者をして投票させるの挙にでるならば格別(之とても当該投票者は詐欺投票として罰せられ大元博文は右の教唆として罰せられる余地があることは勿論である)然らざる限り被告人等の当該行為じたいは大元市太郎の当選(即ち相対的多数投票獲得)に有利ならしめることを直接の目的とする行為ということはできない。又被告人等の右行為は多数選挙人に対する働きかけであるということもできない。以上孰れの観点からしても被告人等の行為を以て公職選挙法第二百二十一条第一項第四号第一号にいわゆる選挙運動に該るものとすることはできない。従つて被告人等が右行為に対する対価として金銭を要求したとしても公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当するものとはいえない」として被告人等に対し無罪の判決を言渡したのである。

しかしながら、原判決の示す選挙運動の意義は殊更に狭く解した独自の見解にして不当である、即ち選挙運動とは一定の議員選挙につき一定の議員候補者を当選せしむべく投票を得しむるに付直接又は間接に必要且つ有利なる周旋勧誘その他諸般の行為をなすことを汎称するものであり必ずしも当選に有利ならしめることを直接の目的にし且多数選挙人に働きかけることを要しないと解すべきであつて原判決の如く狭く選挙運動の意義を解するときは反対派の選挙運動を監視する行為の如きは当選に有利ならしめることを間接の目的としたものであり、更に一人又は二人の少数の選挙人に対しその投票を依頼することは多数選挙人に働きかけるものでないからかかる行為は選挙運動と謂うを得ないことになつてしまうので原判決の解釈の不当なことは明白である。

次に本件公訴事実は被告人等及び大元博文の検事に対する供述調書証人大元博文の公判廷における供述により、大元博文において詐欺投票のために投票所入場券を欲しているのに対し選挙人の真正な投票所入場券を集めて交付する対価として金銭を要求したものであることが明らかであるが、かかる投票所入場券を集めて交付する行為が選挙運動にあたるや否やについて考察するに当該選挙の結果が選挙人の投票を通じあらわれるものでない場合は選挙運動にあたらないとする見解もあるが、選挙人でないものが正当の選挙人なりと詐称して投票をなす所謂詐欺投票は、仮令それが本来無効の投票であるとしても該投票が詐欺投票であることを発覚されないかぎり一応有効な投票であると認められて獲得投票数に算入されるのであり、更に詐欺投票のあつたことが発覚しても選挙人又は候補者から当選の効力に関する異議若しくは訴訟の提起、又は選挙の一部無効の異議若しくは訴訟の提起があり之に対し裁決又は裁判が確定したときはじめて選挙の一部が無効となり当選の効力に消長を来すに止まり、それまでは詐欺投票により相対的多数投票を獲得した候補者も一応当選とされるのであるから、右の様に一定の候補者に対し瑕疵ある当選を得しめる目的を以て詐欺投票をなさしむべくその準備として真正な投票所入場券を集めて交付する行為も亦当選を得しむべく間接に有利な行為として選挙運動にあたるものと解すべきである。はたしてしかりとするならば、本件公訴事実の如く詐欺投票のために真正な投票所入場券を集めて交付することの対価として金銭を要求する行為はまさしく選挙運動をなすことの対価として金銭を要求したものであり公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当するものと謂わなければならない。彼之考察するときは、原審が本件について公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当しないとして無罪の判決を言渡したのは同法の解釈を誤まり、ために法令の適用を誤まつた結果にして、右の誤まりは判決に影響を及ぼすことが明白であるから破棄を免れないものと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例